心譽は平安時代中期の天台宗の僧で、園城寺の勧修や穆算から顕密の奥義を学び、印信を受けた。長和3年(1014年)に権律師となり、後に権少僧都に転じたが寛仁2年(1018年)に辞任。治安4年(1024年)には法成寺薬師堂供養の功績で権大僧都に任じられ、万寿3年(1026年)に御悩加持の功で封戸を賜る。長元元年(1028年)には権僧正となり、園城寺長吏を務めた。藤原道長・頼通父子に重用され、道長の怨霊調伏や病の回復のために修法を行った。長元2年(1029年)、寸白による腫物を患い入寂した。享年59。弟子には行円や興慶らがいる。











