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後白河天皇の第六皇女
覲子内親王は、平安時代後期に生まれた皇族で、女院宣陽門院として知られる。9歳で内親王宣下を受け、11歳で院号宣下を受けた。父・後白河院から広大な所領を譲り受ける。元久2年(1205年)に出家するが、承久の乱後は皇族内で影響力を持つ。養子と養女を通じて皇位継承に関与しようと試みるが、後堀河天皇の早世で失敗する。晩年は所領の継承を巡り、後嵯峨上皇と対立。最終的には建長3年(1251年)、後深草天皇に所領を譲渡し、翌年72歳で没する。
橘嘉智子
13親等祖先
藤原房前
14親等祖先
菅原古人
15親等祖先
藤原師輔
8親等祖先
藤原内麻呂
12親等祖先
光仁天皇
一条天皇
7親等祖先
光孝天皇
11親等祖先
藤原彰子
嵯峨天皇