鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて活躍した公卿。官位は正二位・権中納言に至る。弘安9年(1286年)に従五位下に叙爵され、永仁5年(1297年)には左近衛少将を兼任。正和3年(1314年)には正三位に昇進。文保2年(1318年)には後宇多法皇の院政開始に伴い参議に任命され、急速に昇進を遂げた。文保3年(1319年)には権中納言に昇るが翌年辞職。元亨4年(1324年)には東宮の命を受け幕府に派遣される。嘉暦元年(1326年)邦良親王の薨御に伴い出家し、法名を賢忠とした。延元3年/暦応元年12月(1339年2月)に薨去し、享年59。











