江戸時代末期の出羽国亀田藩12代藩主である。亀田藩主として、文久元年(1861年)に家督を継ぎ、従五位下・左京大夫に叙位・任官された。慶応4年(1868年)の戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に参加するも、後に同盟を脱退して新政府側につくが、庄内藩の説得で再び同盟に復帰し新政府軍と交戦した。最終的に新政府軍に敗れたため、亀田藩は減封され、自身も隠居を命じられた。明治3年(1870年)には亀田藩知藩事の後見人となるが、廃藩置県により免職。その後、家督を再び相続し、子爵となる。明治44年(1911年)に東京で死去した。享年68。

