系譜で辿る日本史

選択中の人物

真里谷全方まりやつぜんほう

真里谷全方

真里谷武田氏

氏族清和源氏義光流甲斐源氏
生没???年 - 1549年
位階
官職
幕府職

兄の死後、家督を巡る争いが起きると信応を補佐し、1537年(天文6年)に争いを信応の勝利で終結させた。里見義堯の仲介で信隆側の北条氏綱と和解し、信隆の居城・峰上城を預かる。以後、信応の補佐役として小弓公方との交渉に努めた。1542年(天文11年)以降の動向は不明だが、法名は源松と推測される。義信という子が佐貫城主となった。

更新
主な祖先

藤原利仁

20親等祖先

源義家

17親等祖先

源経基

20親等祖先

源頼国

17親等祖先

北条朝時

11親等祖先

源義朝

15親等祖先

藤原為憲

20親等祖先

醍醐天皇

20親等祖先

北条義時

12親等祖先

源頼光

18親等祖先

真里谷全方の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫