肥前国大村藩の第12代藩主である。1831年に生まれ、兄の後を継ぎ藩主となった。蘭学を学び、文武や学問を奨励し、洋式軍事技術の導入を進めた。幕末の動乱期に長崎総奉行を務めるも、尊王倒幕派を支持し、藩論を統一。戊辰戦争では新政府軍として活躍し、その功績で賞典禄3万石を与えられた。1869年に版籍奉還を実施し、藩知事に就任。1871年の廃藩置県で知藩事を辞職し、その後は岩倉使節団に参加し海外を視察。帰国後も教育の振興に尽力し、1882年に死去した。享年53。没後、伯爵に昇格され、従二位を追贈された。

