系譜で辿る日本史

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田村邦顕たむらくにあき

田村邦顕

伊達姓田村氏8代当主

氏族藤原北家山蔭流伊達氏庶流
生没1817年 - 1840年
位階従五位下
官職 左京大夫
幕府職陸奥一関藩主

江戸時代後期の大名で、陸奥国一関藩の第7代藩主。文化13年(1816年)に生まれ、文政10年(1827年)に父が死去すると、翌年に家督を相続し徳顕と名乗る。文政12年(1829年)に元服し、仙台藩主・伊達斉邦から偏諱を受けて邦顕と改名。藩政では連年の凶作により財政が悪化した。和算を嗜み、和算家の千葉胤秀を寝所に呼び寄せ、自作の問題を解かせることもあった。天保11年(1840年)に25歳で死去し、実子がいなかったため、弟の顕允(邦行)が末期養子として家督を継いだ。

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