系譜で辿る日本史

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顕性院けんしょういん

(御田姫)

顕性院

岩城宣隆・室

氏族滋野氏流海野氏庶流
生没1604年 - 1635年
位階
官職
幕府職

顕性院は江戸時代初期の女性で、真田信繁の五女。慶長9年(1604年)、紀伊国九度山で生まれる。大坂の陣で父が敗死後、寛永4年(1627年)頃、出羽亀田藩主岩城宣隆の側室となり、後に正室に昇格。彼女は、重隆を含む数人の子供をもうけ、亀田で良妻賢母として知られた。寛永6年(1629年)、先祖の菩提を弔うため妙慶寺を建立し、寺領を寄進。寛永12年(1635年)に江戸で没した。

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主な祖先

海野幸氏

17親等祖先

顕性院の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫