系譜で辿る日本史

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斎藤利安さいとうとしやす

斎藤利安

美濃斎藤氏の一族

氏族藤原北家利仁流美濃斎藤氏
生没???年 - 1508年
位階
官職
幕府職

戦国時代の武将、斎藤利安は、延徳2年(1490年)に白樫城を築き、居住した。土岐成頼の後継を巡る家督争いでは、明応4年(1495年)に土岐元頼方の古田氏討伐に出陣した。妙純と利親が明応7年(1498年)に戦死すると、利良の後見のため稲葉山城山麓に移った。永正年間(1504年-1520年)には長良天神神社の社殿を修復し、崇福寺を建立した。後に稲葉山山麓の長井洞に移るが、家臣筋の長井新左衛門尉に殺害されたとされる。墓所は崇福寺。利安の系譜については混乱が見られ、長井長弘と同一人物とされる説もある。

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主な祖先

藤原利仁

18親等祖先

藤原高房

20親等祖先

斎藤利安の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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