系譜で辿る日本史

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板倉勝静いたくらかつきよ

板倉勝静

板倉氏13代当主

実父は松平定永

氏族称・清和源氏渋川氏流
生没1823年 - 1889年
位階正四位
官職
幕府職備中松山藩主

幕末の大名である板倉勝静は、備中松山藩の藩主として藩政改革を進め、財政を立て直した。安政4年(1857年)には幕府の奏者番兼寺社奉行に任じられるが、安政の大獄で井伊直弼と対立し罷免された。その後、老中に再任され、幕末の混乱期において幕政の安定化に努める。慶応3年(1867年)には大政奉還の実現にも関与し、幕府の存続に尽力した。鳥羽・伏見の戦い後は江戸に退却し、その後は奥羽越列藩同盟の参謀として活動した。明治政府に自首し、終身禁固刑となるが、明治5年(1872年)に赦免される。晩年は上野東照宮の祀官や第八十六国立銀行の設立に関与し、1889年に東京で死去。享年66。

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