系譜で辿る日本史

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深尾重先ふかおしげもと

深尾重先

土佐藩重臣

氏族称・藤原北家秀郷流
生没1827年 - 1890年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の土佐藩の重臣で、深尾家当主・佐川領主10代を務める。嘉永6年(1853年)、伯父の死去に伴い養子として家督を継ぐ。安政2年(1855年)に奉行職に就任。尊攘論が高まる中、万延元年(1860年)に蟄居を命じられるが、文久2年(1862年)に復職し山内容堂に仕える。慶応3年(1867年)、徳川慶喜の将軍辞職時には上京し尽力。鳥羽・伏見の戦いでは土佐兵の抑制を試みる。慶応4年(1868年)の堺事件では容堂に代わり対処し、土佐藩重臣として藩主を補佐。明治2年(1869年)の版籍奉還後の改革で功績を挙げる。明治4年(1871年)に隠居し、明治23年(1890年)に64歳で死去。嫡孫に深尾隆太郎がいる。

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主な祖先

山内康豊

9親等祖先

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