系譜で辿る日本史

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保科正倫ほしなまさしげ

保科正倫

旗本保科家5代当主

氏族称・清和源氏井上氏流
生没1720年 - 1747年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の旗本寄合席で、飯野藩主家分家の旗本保科氏第5代当主。享保5年(1720年)生まれ。元文3年(1738年)、兄の死去により家督を継ぎ、将軍徳川吉宗に初御目見えを果たす。延享2年(1745年)には火事場見廻役に就任。延享3年(1746年)刊行の武鑑には「二千五百石とらの御門内保科主水」と記載される。延享3年12月(1747年)に27歳で死去。墓所は麻布の天眞寺。実子の内記が早世したため、末期養子として戸田氏常の4男・正盈を迎えた。

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