系譜で辿る日本史

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新田義顕にったよしあき

新田義顕

新田義貞の長男

氏族清和源氏義国流新田氏
生没1318年 - 1337年
位階従五位下
官職 春宮亮 越後守
幕府職

新田義貞の長男。建武の新政では武者所一番の頭人を務める。<br>
足利尊氏が建武政権に反逆した後も父義貞と行動をともにし、建武3年(1336年)10月、義貞と共に、足利方と戦う拠点を北国に作るため恒良親王、尊良親王を奉じて越前国金ヶ崎城に入る。しかし越前守護の斯波高経や高師泰らの軍に包囲され、半年に渡って篭城し続けたが遂に自害した(金ヶ崎の戦い)。

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