系譜で辿る日本史

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河津祐泰かわづすけやす

(河津祐通)

河津祐泰

伊豆国伊東の豪族

氏族藤原南家為憲流
生没1146年 - 1176年
位階
官職
幕府職

平安時代末期の武将で、伊豆国の豪族。父・伊東祐親から河津荘を相続して河津祐泰を名乗る。工藤氏一門内の所領争いに巻き込まれ、安元2年(1176年)に伊豆の狩場で刺客に襲われ矢に当たり31歳で落命。妻は息子の曾我祐成、時致を連れて曾我祐信と再婚。息子たちは後に父の仇である工藤祐経を討ち、曾我兄弟の仇討ちとして広く知られる。

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