室町時代の武将である山名宗全(持豊)は、応永11年(1404年)に生まれ、山名氏の一族として活躍した。応仁の乱では西軍の総大将を務め、細川勝元との対立が知られる。嘉吉の乱では赤松満祐を討伐し、勢力を拡大したが、荘園の横領なども指摘され、幕府から討伐命令を受けることもあった。宗全は一族や他大名との縁戚関係を築き、室町幕府内で大きな影響力を持ち続けたが、最終的に応仁の乱が勃発し、その中心人物として歴史に名を残した。文明5年(1473年)に病死し、享年70。墓所は京都市左京区の南禅寺塔頭の真乗院にある。
主な祖先
山名宗全の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
養父
配偶者
主な子孫












