奈良時代の公卿である阿倍毛人は、天平18年(746年)に従五位下に叙され、翌年には玄蕃頭に任ぜられる。天平勝宝6年(754年)には山陽道巡察使を務める。淳仁天皇の治世では、天平宝字3年(759年)に従五位上となり、さらに要職を歴任しながら正五位下・河内守に昇進する。藤原仲麻呂の乱には加勢せず、天平神護元年(765年)に正五位上、従四位下と昇進。称徳朝では大蔵卿や造東大寺次官を歴任し、称徳天皇の崩御に際しては山陵司を務める。光仁天皇即位後、従四位上に叙され、宝亀2年(772年)に参議となり公卿に列する。宝亀3年(772年)に没する。




