系譜で辿る日本史

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近衛脩子このえしゅうし

(八百君)

近衛脩子

閑院宮直仁親王・妃

氏族藤原北家御堂流近衞家
生没1706年 - 1727年
位階
官職
幕府職

江戸時代の女性で、閑院宮直仁親王の御息所として知られる。近衛基熙の娘で、1706年に京都で生まれた。幼名は八百君。享保4年(1719年)に閑院宮直仁親王に嫁ぎ、翌年に長女・治子女王を出産した。治子女王は後に西本願寺の湛如の正室となった。享保12年(1727年)、次女を出産した際に22歳で死去し、遺骸は京都市上京区の廬山寺陵に葬られた。

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