系譜で辿る日本史

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藤原明子ふじわらのあきらけいこ

(染殿后)

藤原明子

文徳天皇の女御

氏族藤原北家
生没829年 - 900年
位階
官職
幕府職

藤原明子は文徳天皇の女御であり、清和天皇の母。文徳天皇が皇太子時に入内し、東宮御息所となる。文徳天皇即位後、すぐに第四皇子・惟仁親王(清和天皇)を出産。惟仁親王は生後8か月で立太子される。天安2年(858年)従一位に叙され、皇太夫人、さらに皇太后、太皇太后となる。美貌で知られたが、晩年は物の怪に悩まされる記述があり、引きこもりがちだった。藤原氏の摂関政治の基盤形成に影響を与えた。72歳で崩御。

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藤原明子の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

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