平安時代後期の貴族である源師行は、村上源氏の出身で、正四位上・大蔵卿を務めた。元永元年(1118年)に山城守に任じられ、美福門院の従兄弟であったことから鳥羽法皇に信任され、院司となる。康治元年(1142年)には正四位下・長門守に任じられ、高松殿の造営成功で正四位上に昇進し、長門守を重任された。久安5年(1152年)、美福門院の別当及び大蔵卿に就任したが、出家し醍醐寺に隠退。久寿2年(1155年)には重源と共に八角円堂を建立した。承安元年(1171年)に作成された遺言状から、晩年は重病であったことが推測される。











