系譜で辿る日本史

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嘉陽門院越前かようもんいんのえちぜん

(伊勢女房 / 七条院越前)

嘉陽門院越前

女流歌人

女房三十六歌仙

氏族大中臣氏
生没???年 - ???年
位階
官職
幕府職

鎌倉時代初期の女流歌人である。伊勢神官の娘として生まれ、女房三十六歌仙の一人に数えられる。最初は後鳥羽院の生母である七条院藤原殖子に出仕し、のちに後鳥羽院の娘である嘉陽門院に仕える。1200年(正治2年)の『院後度百首』や1202年(建仁2年)の『千五百番歌合』に選ばれ、後鳥羽院歌壇で活躍した。『新古今和歌集』以降の勅撰集にも作品を残し、1247年(宝治元年)の後嵯峨院主催の『院御歌合』にも出詠するなど、長期にわたって歌人としての活動を続けた。

更新
主な祖先

継体天皇

18親等祖先

大中臣清麻呂

11親等祖先

宣化天皇

17親等祖先

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