系譜で辿る日本史

選択中の人物

平知忠たいらのともただ

平知忠

平家一門の武将

氏族桓武平氏維衡流(伊勢平氏)
生没1180年 - 1196年
位階従五位下
官職 伊賀守
幕府職

平家の都落ちの際は、幼年のためこれには加わらず、その後は伊賀で成長した。<br>
建久7年(1196年)、突如一党を率いて京都法性寺に現れる。理由には諸説あるが、源頼朝の妹婿である一条能保の暗殺計画を企み、平家の再興を図ったものとされる。しかし鎌倉幕府に察知され、一党と共に討たれた。

更新
主な祖先

舒明天皇

17親等祖先

敏達天皇

19親等祖先

阿倍比羅夫

17親等祖先

藤原不比等

16親等祖先

蘇我馬子

19親等祖先

天智天皇

16親等祖先

橘諸兄

17親等祖先

平高棟

12親等祖先

藤原武智麻呂

17親等祖先

藤原宇合

17親等祖先

平知忠の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫