系譜で辿る日本史

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万里小路春房までのこうじはるふさ

万里小路春房

室町後期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流嫡流甘露寺家
生没1449年 - 1509年
位階正四位上
官職 参議 右大弁
幕府職

室町時代後期の公卿である万里小路春房は、もともと甘露寺氏長として知られていたが、万里小路家を継いで改名した。13歳で右少弁に任命され、後花園天皇と後土御門天皇の蔵人も務めた。1467年、万里小路家の養子となり、当主の万里小路冬房が出家後、その家を継いだ。1471年には室町幕府の重臣である伊勢貞親と共に出奔し出家、政治的内紛に巻き込まれたとされる。その後、和歌や蹴鞠を通じて京都の公家社会や文化人と交流し、日明貿易にも関与した。晩年には皇室や摂家、勧修寺流の公家社会を支援し、文化活動に寄与した。

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