幕末の公家であり、明治期の官僚・政治家でもあった。嘉永3年(1851年)に元服し、伊勢権介や右京大夫に任じられる。安政5年(1858年)には廷臣八十八卿列参事件に関与し、慶応2年(1866年)の二二卿建議にも加わった。鳥羽・伏見の戦いでは伏見表戦場使番役を務め、戊辰戦争では大総督府参謀として貢献。明治元年(1869年)には民部卿に就任、以後は兵部省や工部省などで要職を歴任。明治23年(1890年)には元老院議官となるが、後に飛鳥井家の戸籍法違反事件により華族の礼遇が停止され、勲五等を褫奪された。

