平安時代中期の公卿である橘恒平は、朱雀天皇の時代に帯刀長に任命され、以降、数々の官職を歴任。村上、冷泉、円融の三朝にわたり地方官として豊後守、尾張守、美濃守、近江守などを務め、30年近く国司を歴任した。天元4年(981年)には正四位下に昇進し、永観元年(983年)参議に就任するも、わずか数日後に病を理由に出家し、同年11月15日に62歳で没した。彼の死により、橘氏から公卿に任命される者は途絶えた。歌人としても活動しており、藤原頼忠家での歌合に参加した記録がある。
主な祖先
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