系譜で辿る日本史

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多田頼貞ただよりさだ

多田頼貞

南北朝時代の武将

氏族清和源氏頼光流能勢氏
生没???年 - 1343年
位階
官職 皇太后宮権大進
幕府職

鎌倉末期から南北朝時代にかけての武将。後醍醐天皇に仕え、元弘元年(1331年)には笠置山で奮戦。鎌倉幕府滅亡後、建武の新政で摂津国能勢郷目代に任じられる。足利尊氏の反旗には抵抗し続け、延元3年/暦応元年(1338年)には高師直の軍を迎え撃つも撤退。興国元年/暦応3年(1340年)には伊予国で細川氏と戦うが敗北し備前国へ。興国4年/康永2年(1343年)、赤松則村に敗退し、降伏を拒んで自害。息子に「多田家は武家に仕えず」と遺言。江戸時代には尊崇され、岡山藩が大法要を実施。現在も地元で法要が続く。

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