系譜で辿る日本史

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赤山靭負あかやまゆきえ

赤山靭負

薩摩藩重臣

氏族惟宗氏流島津氏
生没1823年 - 1850年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の薩摩藩重臣である赤山靭負は、日置島津家の生まれで、名門の家柄から藩主・島津斉興の手ずから加冠を受けて元服した。天保12年(1841年)に小納戸見習行奥小姓となり、弘化3年(1846年)には鑓奉行に就任。島津斉彬の襲封を願う一派の中心人物だったが、お由羅騒動で切腹を命じられた。27歳で生涯を閉じ、彼の死は西郷隆盛に大きな影響を与えた。赤山氏の名跡は兄の次男が継いだが、後に島津姓へ戻された。

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