江戸時代末期、仙台藩一門の岩出山伊達家10代当主として活躍。明治維新の際には奥羽越列藩同盟に参加し、官軍と交戦したが敗北。戦後、禄高を大幅に減らされ、家臣の士分を剥奪される。家臣たちのために北海道開拓を志し、1869年(明治2年)に石狩国空知郡の支配を命ぜられる。しかし、開拓の困難さから厚田郡繋富へ移転を試み、最終的に当別町の開拓に成功。1872年(明治5年)に移住者を募り、開拓を進めた。晩年には北海道開拓の功績が評価され、孫が男爵に列せられ、正五位を贈られる。1891年(明治24年)に逝去し、後に当別神社や北海道開拓神社に祀られる。











