江戸時代中期に活躍した武士である。仙台藩の重臣であり、大立目氏の当主として家督を継ぐ。享保7年(1722年)に生まれ、延享元年(1744年)に大番頭、宝暦7年(1757年)に若年寄、翌年には奉行職に就任する。病で一度は辞職するが、安永2年(1773年)の安永疑獄で再び奉行職に復帰し、事後処理に尽力する。安永4年(1775年)には事件で改易された葛西清胤の居館を拝領し、以後大立目氏は幕末までその地を領する。天明3年(1783年)に奉行職を辞し、嫡男に家督を譲り隠居した。寛政4年(1792年)に71歳で亡くなり、姥ヶ沢に葬られた。











