戦国から江戸時代初期にかけて活動した武将で、亘理氏の18代当主として伊達氏に仕えた。亘理城主を務め、後に涌谷城主となる。天文21年(1552年)生まれで、永禄9年(1566年)に元服。対相馬戦では伊達輝宗の指揮下で活躍し、相馬勢と交戦を繰り返した。天正19年(1591年)、葛西大崎一揆の鎮圧に参加し、負傷しながらも奮闘した。関ヶ原の戦いでは江戸で人質となり、嫡男が代わりに出陣した。慶長9年(1604年)に隠居し、栗原郡高清水城を隠居領とした。元和6年(1620年)に69歳で死去。
主な祖先
亘理重宗の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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