鎌倉時代の武将で御家人。官位は出羽守。伴野氏は清和源氏小笠原氏から派生し、祖父の代から小笠原氏の嫡家となっていた。建治元年(1275年)、六条八幡新宮の造営費として100貫を納めた。安達泰盛の母方の従兄弟で、弘安8年(1285年)の霜月騒動で敗北し、弟や次男と共に由比ヶ浜で処刑される。信濃にいた長男も自害し、伴野一族は大打撃を受けた。生き残った三男が安達氏の旧領に逃れ、その子孫が幡豆小笠原氏の祖となった。小笠原氏の嫡流は小笠原長氏に移り、所領も北条氏に没収された。
主な祖先
伴野長泰の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















