小倉小笠原家第32代当主であった忠統は、昭和19年(1944年)に家督を継ぎ、茶道小笠原古流の家元にも就任。東京帝国大学文学部を卒業後、長野県松本市立図書館長や相模女子大学教授を歴任。第二次世界大戦後は、小笠原流の礼法を広く一般に伝える活動に従事し、講演や執筆を通じて普及に努めた。忠統の礼法は、江戸幕府公式作法の小笠原流とは異なる点が多く、惣領家流とも呼ばれる。彼の礼法の精神は、「形ではなく相手を思いやる心」であり、この理念は東京聖徳学園の教育にも取り入れられた。忠統の後継者は姪の小笠原敬承斎が務め、その普及活動を続けている。











