系譜で辿る日本史

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龍造寺信周りゅうぞうじのぶかね

龍造寺信周

須古鍋島家初代当主

氏族藤原北家隆家流
生没1532年 - 1608年
位階
官職 左馬頭 阿波守
幕府職

戦国時代から江戸時代初期にかけて活躍した武将。兄の龍造寺隆信と共に各地を転戦し、武功を挙げた。元亀元年(1570年)の今山の戦い後、大友氏と和議を成立させるため、人質として送られた。天正12年(1584年)の沖田畷の戦いで隆信が戦死すると須古城へ移った。豊臣秀吉の九州平定後、鍋島直茂の肥前国支配を認め、鍋島氏の体制に従った。慶長13年(1608年)に没し、次男の信昭が跡を継いだ。子孫は須古鍋島家として佐賀鍋島家の重臣となった。

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主な祖先

龍造寺信周の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

多久茂堯

7親等子孫

多久茂族

10親等子孫

多久茂孝

8親等子孫

多久龍三郎

12親等子孫

多久茂鄰

8親等子孫

多久茂明

6親等子孫

多久茂澄

9親等子孫