系譜で辿る日本史

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南部義堯なんぶよしたか

南部義堯

八戸氏30代当主

氏族清和源氏義光流南部氏庶流
生没1794年 - 1830年
位階
官職
幕府職

陸奥国盛岡藩の家老で遠野領主として知られる。寛政6年(1794年)に生まれ、文化6年(1809年)に元服して「義堯」と名乗る。家督を巡り、7歳年上の義恭と争うも、母の甥で家老見習いの協力で家督を継ぐ。文政元年(1818年)、盛岡藩主の家格上昇に伴い、南部の称号を許される。文政3年(1820年)には藩政が刷新され、家老に就任。文政12年(1829年)から体調を崩し、文政13年(1830年)に37歳で死去。

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