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保久石川家
江戸時代後期の旗本であり、総氏系石川家の6代目。書家としても著名で、錫我や亀我の字を持ち、梧堂や知秋庵と号した。寛政6年(1794年)に将軍徳川家斉に拝謁し、翌年に家督を継承。火事場見廻役や火消役を歴任し、文化元年(1805年)には布衣着用が許可された。文化2年(1805年)に職を辞し、致仕後は弟を養子として家督を譲って隠居した。書の才能に優れ、多くの門人を抱えた。晩年まで柔術や角力に励んだ強豪としても知られる。嘉永5年(1852年)に死去した。