系譜で辿る日本史

選択中の人物

石川総朋いしかわふさとも

石川総朋

保久石川家

氏族越智氏河野氏流
生没1778年 - 1852年
位階
官職
幕府職

江戸時代後期の旗本であり、総氏系石川家の6代目。書家としても著名で、錫我や亀我の字を持ち、梧堂や知秋庵と号した。寛政6年(1794年)に将軍徳川家斉に拝謁し、翌年に家督を継承。火事場見廻役や火消役を歴任し、文化元年(1805年)には布衣着用が許可された。文化2年(1805年)に職を辞し、致仕後は弟を養子として家督を譲って隠居した。書の才能に優れ、多くの門人を抱えた。晩年まで柔術や角力に励んだ強豪としても知られる。嘉永5年(1852年)に死去した。

更新
主な祖先

石川総朋の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

養父
配偶者
    主な子孫