系譜で辿る日本史

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本多政均ほんだまさちか

本多政均

加賀八家本多家11代

氏族称・藤原北家九条流
生没1838年 - 1869年
位階
官職 播磨守
幕府職

江戸時代末期の加賀藩家老。本多政重の子孫で、5万石を領していた。天保9年(1838年)に生まれ、兄の夭折を受け安政3年(1856年)に家督を継ぐ。万延元年(1860年)には城代家老に就任し、藩主と共に西洋軍制の導入を推進する。尊王攘夷派に厳しく接し、元治元年(1864年)には禁門の変に関連して藩内の尊攘派を処罰。後に明治2年(1869年)に暗殺されるが、この事件が復讐禁止令布告を急がせる要因となる。享年32。明治42年(1909年)に従四位を追贈された。

更新
主な祖先

飛鳥井雅経

20親等祖先

西洞院時慶

9親等祖先

本多政重

7親等祖先

本多正信

8親等祖先

本多政長

6親等祖先

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