戦国時代から江戸時代初期にかけての武将で、徳川家康の異父弟。尾張国阿古居城で生まれ、永禄3年(1560年)に家康と会見し松平姓を受ける。永禄5年(1562年)に上ノ郷城主となり、天正18年(1590年)には小田原城の守備を担当。その後、下総国関宿藩に2万石を与えられ、翌年4万石に加増された。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは家康の代理として江戸城の留守役を務めた。慶長8年(1603年)に52歳で死去。嫡男の忠良が家督を継ぎ、娘たちは家康の養女として有力大名家に嫁ぎ、徳川家の権力基盤の安定に寄与した。康元の家は後に所領を減らし、大名ではなくなった。













