江戸時代初期から中期にかけて活躍した信濃松本藩の第3代藩主。万治2年(1659年)、8歳で徳川家綱に謁見し、寛文8年(1668年)に藩主となる。貞享3年(1686年)、年貢の容量引き上げを決定したことで貞享騒動を引き起こす。反発した農民らを厳しく処罰したが、加助の怨念にまつわる伝説が残る。宝永2年(1705年)、河川工事で幕府から褒賞を受ける。松本で62歳で死去し、長男忠周が家督を継いだ。後に水野家は改易されるが、子孫たちが旗本に復帰し、再び大名として復活を果たした。
主な祖先
水野忠直の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫












