慶長6年(1601年)尾張生まれ。慶長12年(1607年)から徳川秀忠に仕え、慶長17年(1612年)大和守となる。大坂冬の陣に出陣し、夏の陣で首級を挙げる。元和2年(1616年)近江で1000石を賜り、元和6年(1620年)三河新城藩1万石を相続。大番頭・奏者番を務め、寛永10年(1633年)に1万4000石となる。慶安元年(1648年)上野安中2万石に移封。寛文4年(1664年)家督を次男に譲り隠居。寛文5年(1665年)死去。享年65。跡継ぎの次男が発狂し、安中藩領地は没収され、子孫は旗本として存続。



