系譜で辿る日本史

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法秀院ほうしゅういん

(法秀尼)

法秀院

山内盛豊・室

氏族梶原氏?
生没???年 - 1586年
位階
官職
幕府職

法秀院は戦国時代の女性で、山内盛豊の妻であり、山内一豊と康豊の母。生い立ちについては諸説あるが、羽黒城主梶原氏の出身とされる。夫と次男が戦死した後、子供たちと共に近江国宇賀野の長野家に身を寄せた。長野家では裁縫や行儀作法を教え、その中に後の見性院がいたと言われる。法秀院は一豊の妻として見性院を選び、息子の出世を支援した。天正14年(1586年)、長野家で病没。墓所は現在も宇賀野に存在し、毎年の行事として迎え火や送り火が行われている。長野家には法秀院の遺品が保存され、山内家の歴史に深く関わっている。

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