室町時代の武将である吉良義信は、三河西条吉良氏の5代当主として活動した。応仁の乱が始まると、父の吉良義真は三河へ向かうが、義信は将軍足利義政に近侍した。応仁元年(1467年)には、細川勝元の命により西軍に味方する者の追放を命じられ、御所で調査にあたった。乱後、義信は父と共に公家との交流を深め、幕府にも出仕した。長享元年(1487年)や延徳3年(1491年)には足利将軍の戦いに従軍。明応2年(1493年)以降は幕府に一時的に出仕するも、病を理由に出仕を停止。永正5年(1508年)には前将軍義尹を支援し、自邸を仮御所として提供した。晩年には嫡孫の珍王丸に家督を譲る。没年月日は不詳。
主な祖先
吉良義信の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫





















