平安時代中期の公卿である。後一条朝の長元4年(1031年)に従五位下に叙され、翌年には侍従に任官。少納言を経て長元9年(1036年)には右少弁となり、後朱雀朝から後冷泉朝にかけて弁官として昇進を重ねる。天喜4年(1056年)に従三位となり公卿に列し、康平4年(1061年)には参議に任じられる。治暦元年(1065年)には権中納言に昇進し、長年務めた弁官の職を離れた。治暦4年(1068年)に没し、享年51。最終官位は権中納言正三位。
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