室町末期から江戸時代初期にかけての真言宗の僧。室町幕府15代将軍足利義昭の猶子となり、「義」の字を授かる。永禄7年(1564年)に三宝院門跡の後継に指名されたが、義堯の急逝で延期され、5年後に醍醐寺に入る。元亀2年(1571年)に得度し、天正4年(1576年)には醍醐寺第80代座主に就任。豊臣秀吉からの援助で醍醐寺三宝院を復興。文禄4年(1595年)には千僧供養を主導。日記『義演准后日記』は当時の社会を知る貴重な史料とされる。
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義演の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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