大正から昭和期にかけて活躍した実業家であり政治家、写真家でもある。1895年(明治28年)に男爵を襲爵。学習院を経て、1917年(大正6年)に京都帝国大学法科大学政治学科を卒業。梅田製鋼取締役や大阪無線監査役、日本造船監査役など多くの企業で役職を歴任。1943年(昭和18年)、貴族院男爵議員補欠選挙で当選し、公正会に所属して活動、1947年(昭和22年)の貴族院廃止まで在任。写真家としても活躍し、ゴム印画を研究しながら様々な展覧会に出品。神戸写友会での活動を通じて作品「富士」で一等を受賞するなど、その才能を発揮した。











