系譜で辿る日本史

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藤原親隆ふじわらのちかたか

藤原親隆

平安後期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流
生没1099年 - 1165年
位階正三位
官職 参議
幕府職

平安時代後期の公卿であった。永久2年(1114年)に大膳亮に任官し、六位蔵人を経て、保安4年(1123年)に従五位下・右衛門少尉に叙任される。天治2年(1125年)には上総介、長承元年(1132年)には信濃守を務めるなど、地方官としての役割を果たす。保延5年(1139年)には左衛門権佐として京官に復帰し、久安3年(1147年)には従四位下・尾張守に任命される。鳥羽法皇の院別当や藤原頼長の家司としても活動し、保元の乱後も政治的地位を保った。和歌にも秀で、『金葉和歌集』などの勅撰集に16首が収められている。1163年に出家し、法名を大覚と称した。享年67。

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主な祖先

継体天皇

19親等祖先

藤原冬嗣

10親等祖先

大伴金村

19親等祖先

藤原不比等

14親等祖先

藤原房前

13親等祖先

敏達天皇

17親等祖先

阿倍比羅夫

13親等祖先

宣化天皇

19親等祖先

藤原真楯

12親等祖先

藤原高房

9親等祖先

藤原親隆の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

吉田定房

6親等子孫

三好義継

15親等子孫

稲葉一通

17親等子孫

桜町天皇

20親等子孫

三条西実隆

11親等子孫

三条西実枝

13親等子孫

中院通躬

18親等子孫

中院通純

16親等子孫

吉田隆長

6親等子孫

稲葉信通

18親等子孫