系譜で辿る日本史

選択中の人物

葉室定嗣はむろさだつぐ

葉室定嗣

鎌倉中期の公卿

氏族藤原北家勧修寺流庶流葉室家
生没1208年 - 1272年
位階正三位
官職 権中納言
幕府職

鎌倉時代中期の公卿である。承元2年(1208年)に生まれ、建保2年(1214年)に叙爵される。以後、但馬国や美濃国の国司を歴任。しかし父が承久の乱で処罰されたため昇進が一時滞る。寛喜3年(1231年)に中宮権大進に任じられ以降、再び官歴を進め、仁治2年(1241年)に蔵人頭、翌年には従三位、参議となる。宝治2年(1248年)には正三位、権中納言に昇進。後嵯峨上皇の院司として重用され、院と六波羅探題の調整役を果たす。建長2年(1250年)に出家し、法名を定然とする。文永9年(1272年)に死去。日記『葉黄記』は貴重な史料であり、晩年には浄住寺の中興を手がける。

更新
主な祖先

光孝天皇

12親等祖先

嵯峨天皇

13親等祖先

後朱雀天皇

8親等祖先

藤原基経

12親等祖先

藤原兼家

9親等祖先

藤原朝忠

12親等祖先

藤原定方

11親等祖先

藤原高房

12親等祖先

藤原三守

13親等祖先

藤原道隆

9親等祖先

葉室定嗣の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

仁孝天皇

20親等子孫

橋本実梁

19親等子孫

市橋長璉

18親等子孫

土御門晴榮

19親等子孫

大宮以季

19親等子孫

後桃園天皇

18親等子孫

武者小路公共

19親等子孫

中院通村

11親等子孫

北大路信明

19親等子孫

鍋島宗教

16親等子孫