父・後村上天皇の後を継ぎ、正平23年(1368年)に摂津の住吉行宮で践祚。在位中、南朝は北畠親房らの重鎮を失い、弱体化が進行。北朝との和睦交渉も途絶え、楠木正儀の降伏に伴い吉野へ後退。文中2年(1373年)には細川氏らの攻撃を受け再度吉野へ戻る。和歌に優れ、『新葉和歌集』を編纂。弘和3年(1383年)に譲位後、禅宗に帰依し、晩年は吉野や紀伊で過ごしたとされる。応永元年(1394年)に崩御。彼の在位は長く議論されたが、大正15年(1926年)に正式に天皇として認められた。
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