系譜で辿る日本史

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源雅兼みなもとのまさかね

源雅兼

平安後期の公卿

氏族村上源氏
生没1079年 - 1143年
位階従三位
官職 権中納言
幕府職

平安時代後期の公卿である。白河院や鳥羽院に信任され、堀河天皇や鳥羽天皇の五位蔵人として仕えた。保安3年(1122年)からは鳥羽・崇徳両天皇の蔵人頭を務め、大治5年(1130年)には参議左大弁に昇進。天承元年(1131年)には従三位・権中納言に至る。長承4年(1135年)に病気で辞職し出家。学才があり、詩歌にも秀で、『中納言雅兼卿集』を残した。勅撰和歌集にも9首が採録されている。白河院からは藤原通俊や大江匡房と並び評価され、出家後も鳥羽院から相談を受けるなど、宮廷における信頼は厚かった。

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主な祖先

中臣鎌足

13親等祖先

藤原是公

11親等祖先

文徳天皇

8親等祖先

藤原高房

7親等祖先

藤原基経

6親等祖先

藤原宇合

11親等祖先

雄略天皇

19親等祖先

光孝天皇

7親等祖先

橘諸兄

12親等祖先

藤原内麻呂

9親等祖先

源雅兼の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史

主な子孫

織田信勝

17親等子孫

北畠親房

6親等子孫

北畠具教

14親等子孫

北畠顕家

7親等子孫

北畠政郷

11親等子孫

北畠顕能

7親等子孫