鎌倉時代前期から中期にかけて公卿として活躍した。承元2年(1208年)に従五位下となり、その後も順調に昇進を重ねた。承久3年(1221年)には参議に任じられ、公卿に列する。嘉禄元年(1226年)には権中納言となり、貞永元年(1232年)には正二位に昇叙。天福元年(1233年)には皇后宮権大夫を兼任し、利子内親王に仕えた。建長2年(1250年)に内大臣に任じられるが、半年後に辞任。建長3年(1251年)に出家し、晩年は岩倉別荘などで過ごす。文永4年(1267年)には後嵯峨上皇が岩倉別荘を訪れる。建治3年(1277年)に76歳で薨去。
主な祖先
堀川具実の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











