室町時代後期から戦国時代にかけての公卿である。若くして才能を発揮し、長享2年(1488年)に叙爵。少納言や文章博士を歴任し、永正3年(1506年)には侍読に任ぜられた。勉学に励み、近衛家の月次和漢会の執筆役を務めるなど高評価を受けたが、経済的苦境により越前国に下向。永正18年(1521年)に権中納言を辞任後、再び越前へ下向し、大永5年(1525年)に客死した。死後、弘治2年(1556年)に権大納言が追贈された。勤勉で誉れ高い人物として知られ、蘇軾の詩を愛した。
主な祖先
高辻章長の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
主な子孫











