室町時代の日向の武将である北郷知久は、北郷氏の4代当主として家督を継いだ。三兄と四兄が戦死したため、幼少から仏門に入っていたが、父の意向で還俗し元服した。島津宗家の島津元久を烏帽子親として迎えた。応永16年(1409年)、元久が薩摩、大隅、日向の3国守護となり上洛する際、知久は同行して中務少輔の官名を受けた。また、島津氏の家督争いでは久豊を支持し、彼の相続に尽力した。応永20年(1413年)の曽井城の戦いでは島津側として出陣したが、敗北を喫した。
主な祖先
北郷知久の家系図・略歴 | 系譜で辿る日本史
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